宝蓮寺・大日堂縁起目次
宝蓮寺・大日堂縁起

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秦野市宝蓮寺・大日堂

寛政2年(1790年)の宝蓮寺・大日堂境内絵図(宝蓮寺蔵・秦野市史第一巻より転載)
現在の宝蓮寺・大日堂に比べて江戸時代の規模の大きさがわかります。
この絵図によって、いまでは見ることの出来ない施設の存在が明らかになりますね。
描き出された畑や山林は寺領だったところです。
境内坪数69,828坪と最初に記載されています。メートル法だと230,432.4平方メートル。
サッカーのフィールドに換算して32面という大変な広さです。
一番右奥に黄色く示されたのは石碑なのでしょうか、地蔵像なのでしょうか、光西入寂の場所を示しています。
光西上人は大日堂を再整備されたお方で、最後は即身成仏となって、まさに地図の場所にて入定しました。
上人の死後50年あまりで描かれたこの地図は江戸時代中期の宝蓮寺・大日堂の充実した姿を表していると想像できます。
江戸庶民の楽しみ「大山詣」のスタートは、ここ大日堂の湧き水・金剛水で身を清めることでした。
(金剛水は関東大震災の影響で地下水脈の流れが変わり、今は涸れてしまっています。)

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上記写真;左より宝蓮寺仏頂尊像、大日堂大日如来像は秦野市教育委員会発行「秦野市の仏像」より転載。
右端・奪衣婆像は宝蓮寺発行「秘宝 宝蓮寺十王像」より転載しました。かかる画像の使用については宝蓮寺様より許諾をうけています。

※なにぶん素人の編纂です。一般的に手に入れられる資料をもとにしか記述できません事をお断りしておきます。
新しい情報や画像が入り次第、その項を更新するつもりです。(2010/12/5)

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