登場type2

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登場type2

N氏は「500年待ってはいられない」と言います。
茶碗によい景色が生まれるにはひとりの人生を超えてしまうと。
以織より若い世代の方々は概して「以織井戸」に共感してくださって、
「結果的エイジング」に賛同してくれます。
「百碗ほどしかない伝世の井戸茶碗では多くの茶人が井戸で茶を喫すことが出来ない」
とN氏は続けます。そうですN氏は以織より若い世代です。
かたや以織より上の世代の方々は概して「ヴァージン井戸が見たい」と言います。
なぜそんな差が生まれるのかはわかりませんが、以織を取り巻くふたつの嗜好です。
昨年(2013年)の秋、東京のさる茶道具屋さんが以織の住むこの山里へ訪ねてくださいました。
それもご自分のコレクションをご持参くださって。
更紗の風呂敷を解いて桐箱の蓋をお開けになると、そこからご秘蔵の井戸茶碗が出てきたのです。
グレー地に人肌のようなピンクがムラムラと飛んで、高台の梅花皮も薄紅色に染まっていました。
李朝茶碗のあのちょっぴりヌメっとした肌には細かな魚子貫入が浮き出ています。
こうした幸運に陶工は勢いづくものです。
「ひとつ試してみようじゃないか」。

以織は持論にこだわるあまり、偏狭になっていました。
それは釉薬材料に長石を使わないという、自分への約束でした。
焼物屋にとって長石ほど使いやすい釉薬材料はありません。
長石を使うと焼き上がりの幅が広くなります。歩留まりがいいわけです。
いろいろな材料とも相性が良く、適度な粘りが釉ガラスの流れ過ぎを防いでくれます。
そんな便利な長石を、なぜ以織はオミットしたのか?
それは長石が井戸に使われていたかわからないからです。
以織が開発した「すべて梅花皮」釉薬が500年前存在しえないと言うのなら、
長石が使われていた確証もないのです。
400年前、日本で初めて長石を使った焼物が志野だというのが定説ですが、
それが長石としても、どこで採掘されたかわかっていません。
志野の里・美濃からは古作に使われた長石と同成分の長石が見つかっていないのです。
日本の長石事情は以上ですが、朝鮮半島の焼物は古くから中国の影響を受けていて、
中国の焼物技術といったら古代から近世に至るまで世界一なわけです。
ですから、朝鮮半島でも古くから長石を使っていてもおかしくはありません。
とは言え井戸に使われていたかは不明なのです。
韓国の現代陶芸家の中には「水土」という名の風化長石を使っていただろうと推論する人もいます。
昭和の巨匠・加藤唐九郎氏は、(以織は若い時、ずいぶんと影響を受けました。)
千倉石と呼ばれる、やはり風化長石の一種を古瀬戸の陶工は使っていたと書いています。
どちらも陶工の直感のごとき推論で確証はないのですが、
わざわざ採掘して用いるほどの材料を使っていないというのが古作に対する姿勢です。

とはいえ、500年前の窯場に立つことは出来ません。
まして以織は海を隔てて井戸茶碗を作るわけですから、想像作業になります。
こんな成分の石があったのでは、あんな植物の灰を使ったのかも、というふうに。
すると長石を釉薬成分の一部として使っても、なんら問題はなかったはずです。
無駄な自分への約束に縛られていたわけには、もうひとつ理由がありました。
それは、長石を使うと「すべてが梅花皮」釉薬にならないのです。
ボディに表れねばならない小さな小さな梅花皮が生まれないのです。
長石主体の釉薬でも梅花皮風に焼くことは出来ますが、以織には志野のゆず肌にしか見えません。
梅花皮は(理想的には)パリパリとした割れ方をしてほしいのです。
長石主体の「ねちょー」と解けた梅花皮を以織は好きになれないのです。
で、以織は長石を排除していたのです。

前の項にて根津美術館で開かれた「井戸展」について感想を述べましたが、
井戸の表情には色々あって、細かく言えば一碗一碗違っているのです。
確証はないのですが、「以織井戸」のごとき仕組みに見える碗も少ないけれどありました。
けれど多くは特徴的な魚子貫入の持ち主に見えました。
そして「ヴァージン井戸」とは、この魚子貫入を持つ井戸のことなのだと、
わざわざこの山里を訪ねてくださった茶道具屋さんから学んだのでした。
「ひとつ試してみようじゃないか」。
そこで以織は自らのタブーを解くことにしました。さわやかな気分にて解けました。
長石系の釉薬で魚子貫入を焼きだせることは経験済みです。
だが長石系では望む梅花皮を得ることは不可能だ。
なら以織井戸の釉薬に長石を少しばかり注せばいいのでは。

通常、こうした安易な想像は自然の掟に蹴飛ばされます。なのになぜかスムースに展開しました。
だから昨年暮に伊勢屋美術・ギャラリー壽庵でお披露目することが出来たわけです。
名前はまだありません。「以織井戸type2」であることは確かです。
(なので「すべて梅花皮・以織井戸」をこれからtype1と呼びます。)
type2の特徴は釉薬の掛りが濃いところは梅花皮肌になり、薄いところは細かい貫入を持ちます。
焼き加減で貫入の形は変わります。
魚子貫入になる場合ともう少し大きな貫入になる場合があります。
梅花皮はtype1より大きく出ます。割れ方も丸まらないでパリパリ感が好ましいです。
自然の技は不可思議にて、ほとんど素地土も焼成法も変わらないのにtype2は土が焼き締まらず、
そのため手取りは軽い感じです。抱き心地も柔らかです。
水を満たすと、外側がジワーと湿ります。
ゆえに醤油を入れるような器には向きません。あくまで茶の茶碗です。
type2の試作品が焼き上がった直後、N氏に
「土の焼き締まりが弱いので柔らかくいい感じですが、水が浸みます」と報告したところ
即座に「土の焼き締まりと水浸みとは本来別のもの」と諭されました。
N氏のこういった明快な分析を以織は大好きです。目から鱗とはこのことです。
現場ではついつい漠然とした経験で物を知ったような気分になります。
固定概念や錯覚は次のステップを誤らせます。
まあ一般的には焼き締まりが弱くとも強すぎても、結果、水が浸みることが多いです。
お茶人は茶碗の柔らかい抱き心地を好むので、いきおい焼き締まりが弱いものが選ばれるようです。
お茶人が言う抱き心地とは言葉通りのものに加えて、茶碗の断熱性も意味していると思えます。
磁器製の茶碗が少ないのは断熱性が低いからです。
だから磁器製の茶碗のなかには、わざわざ腰の部分を厚くしたものもあるそうです。
湯の温度がピリッと手に伝わることや、
口を触れた途端「熱っ」と感じる器であってほしくないのが茶碗です。

そこでtype2は扱いに工夫がいります。
よく「萩の七化け」と萩焼の特徴として挙げられますが、
萩焼は土の耐火度が釉薬のそれよりずいぶん高いので、
釉薬がガラス化しても、土が焼き締まらず水が浸みると言います。
結果、使用していくとどんどん景色が変わっていくことを「七化け」と表現しているわけです。
type2にもこの七化けが当てはまるのですが、ゆっくり化けさすことが肝要だと以織は思います。
茶を点てる前にしばらく水に沈めておきます。
丁寧な茶人は茶会の前の晩から茶碗を水没させておくと聞きました。
実験では、茶碗から細かな泡が出終わるまで、時間にして5〜10分間、水没させれば効果的です。
そうすれば、茶を点てても簡単に汚れません。すぐについた景色は薄汚い感がします。
すぐに景色をつけようとは思わずに、ゆっくりゆっくり変わっていくのを楽しむべきです。
それを茶碗を「育てる」と言うのでしょう。
こうして以織も使っていますが、昔の茶人には敬服することしきりです。(h26_2_20)

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