え?エイジング

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え?エイジング

皆さんが仏師だったとします。古い古い仏像を再現するとして、次のどちらを選びますか。
1、製作当時の極彩色を再現する。
2、時代を経て寂びてしまった今ある姿を写すことに努める。
これは答えの出しづらい問題ですね。
1を選んでも想像に頼らねばならないし、2を選んでは再現ではなくなる。
井戸に挑むと決めた時、以織は上記のことに考えが及びませんでした。単純に2を選んだのです。
訳は簡単です。今見る井戸の姿に魅了されたからです。
だから焼き上げられたばかりの井戸を想像することなど端からしませんでした。
喜左衛門、細川、有楽といった名碗の画像とにらめっこしながら試作を続けました。
その結果、井戸と他の高麗茶碗を隔てているものは、
高台の梅花皮も含めて釉肌の微妙な盛り上がりと感じました。
技術的には井戸のボディに「すべてが梅花皮」を表現出来ればと思ったわけです。
五百年の時間の絵の具が付いていることには考えが至らず、
昔の茶人が井戸をくくった理由はその肌にあると信じたのでした。

井戸に手を染めて十年が経とうとしていた頃、一本のメールが入ります。
それがこの長いお話の冒頭にご紹介したN氏でした。
そしてN氏は、どこの誰かもわからない鄙爺陶工の作品を世に問うてくださることになるのですが、
N氏には最初からわかっていました。以織が何を表現してしまったか。
知らないのは以織本人で、以織にとっての関心ごとは「井戸はすべてが梅花皮」か否かでした。
以織が持論に固執していた理由もあります。
それは李朝陶器が中国・元によって一時的に李朝が征服された時から始まるからです。
そして李朝陶器の基になったのが、中国北方の磁州窯でした。
磁州窯の前身は唐三彩を焼いていて、宋の時代に入っても唐三彩と見まごう作品も焼きます。
磁州窯は酸化窯です。当然、李朝陶器生産に酸化技法が導入されます。
李朝の三島、刷毛目、粉引は磁州窯技法の全面的模倣です。
むしろ、朝鮮半島に入ってからの方が、質的には劣化をしているように感じます。
だからこそ日本の茶人を引きつける枯淡の美を生み出していきます。
以織はゆえに井戸にも磁州窯技法が流れていると考えたのです。
桃山陶を代表する陶器のひとつ黄瀬戸について専門家は、
青磁を焼くつもりが還元にならずに黄色くなったのが黄瀬戸の始まりと説きますが、
大きな誤りです。
元の進出によって、磁州窯手の酸化焼傾向の焼物が極東アジアに広まっていきます。
志野や黄瀬戸を焼いた大窯と呼ばれる窯構造は、それまでの穴窯を地上に持ち上げたものです。
それは酸化傾向の焼物づくりを容易にするためです。
志野焼技法のひとつに鼠志野がありますが、磁州窯手の日本的表現と解した方が無理がありません。
と、こんなふうなので、
以織は自分が井戸において表現してしまった本当のところに気づかずにいたのです。

エイジングというファッションは今や当たり前に認可されていますし、
ファッションだけに留まらず生活全般に拡大している感があります。
日本語に置き換えると「時代付け」となりますが、あまり良くない響きに置き換わってしまいます。
例えば時代屋さんが品物をより古く見せるために「時代付け」をするというふうに。
前述したように、窯出ししたての井戸は無表情ゆえに、茶につけ込んだり、野ざらしにして、
景色を付けてから 売り出す方法を採用している陶芸家もいるそうです。
が、そうした「時代付け」を以織は採りません。
もともと物臭なので「そんな面倒なことはイヤ」です。焼きっぱなしが好きです。
「すべてが梅花皮」と焼いてきた以織の井戸は焼きっぱなしでエイジング化されていたのです。
N氏はそれこそが現代の井戸だと見抜きました。だからこそ「以織井戸」と命名したのです。

では「以織井戸」は古作とは似ても似つかぬ新作なのでしょうか。
ひいき目なく、以織はこう言えます。「わからない」。
なぜなら以織井戸は梅花皮化する釉薬によって作られているからです。
大なり小なり伝世の井戸茶碗は梅花皮を持っています。
梅花皮を持つだけでは井戸茶碗と呼べない旨を書きましたが、
梅花皮が皆無の井戸形茶碗を本歌と呼びにくいのも事実です。
そして以織のつたない実験結果からではありますが、
釉薬中のアルカリ成分の種類とその比率によって梅花皮が生まれることがわかっています。
古作の井戸の梅花皮の仕組みが以織井戸のそれと同じかどうか断言できません。
と同時に、別な仕組みの存在を以織は知りません。
もしもの話で恐縮ですが、古作と材料は違っても、最終的な釉成分が似ているせいで、
以織井戸も梅花皮化をしているのであれば、話はおおいに違ってきます。
以織としては、焼きっぱなしのエイジング井戸ではあるけれど、
しかし古作に近い仕組みであったらと願っています。(h26_2_20)

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