おさらい

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おさらい

2013年の冬、東京青山・根津美術館で開かれた「井戸展」は壮観でした。
名だたる名碗が目白押し。全国に伝世する井戸茶碗の七割にあたる70数碗が展示されました。
離れたところから見ることの出来るルーペを持参して、人ごみがきれたウインドウに向かいます。
しかし結局はっきりした結果を得ることは出来ません。
多くは以織の信じていたものでなく、井戸の特徴のひとつである魚子(ナナコ)貫入のようでした。
しかし名碗と喧伝されるものの肌は、どうも違います。
あれは貫入なのか、はたまた以織の信じる「すべてが梅花皮」なのか?
先入観を捨てて感じたままを言えば「どちらも有り」。と言うより「同居している」よう。
古作の陶工が、我々が躍起になって研究している特徴再現を気にしていたはずはなく、
500年前、朝鮮半島のある地域で、ある工法で、風土に見合った陶器づくりをした結果を、
日本の茶人が鋭い眼にてくくったもの。

あぁ、ここまできても堂々巡りです。
現代の陶工の意見もふたつに分かれると、最近知り合った陶芸家に聞きました。
もちろんふたつの見解とは、
井戸の釉肌は貫入の結果、はたまた以織の説くところの縮み釉の結果であると。
ただし以織の経験から言うと、魚子貫入を表出するだけの仕組みでは梅花皮は生まれない。
梅花皮を表出させる仕組みなら魚子貫入が生まれる可能性がある。

いやぁー、どうも小さなこだわりをくどくどと記していますね。
恥ずかしながらディテールにこだわらないと古作に近寄れないのです。
近寄る方法は人それぞれで、形にこだわる、色にこだわるというのがポピュラーでしょう。
が、以織は焼き物を始めてからこのかた質感にこだわってきました。
井戸の質感表現を手にしたいのです。

そこで井戸茶碗についておさらいをします。
井戸の名を冠することの出来る特徴を昔の茶人がピックアップして、約束事を作りました。
とは言え、すべてが約束事通りに当てはまるかというと、そんなことはなく、
昔の茶人も約束事のいくつかに当てはまっていれば「良し」として井戸に分類したようです。
今のようにインターネットで画像検索とはいきません。
だから約束事で分類可能にしたのでしょう。
とりわけ井戸茶碗は茶碗の王様としてあがめられています。
いきおい約束事つまり審査項目は多数になりました。(ここでは代表的なものだけ取り上げます。)

井戸茶碗は大井戸、小井戸、青井戸、小貫入と四つに分類されています。
ここで疑問が出ます。例えば織部焼き。桃山から江戸時代初期に美濃(岐阜県)で焼かれました。
半身に流暢な筆遣いの鉄絵が置かれ、もう半分に緑色の鮮やかな釉薬がかけられた器と言えば、
ご存知の方も多いはずです。 そしてです。
織部焼きは茶碗だけですか?否、様々な用途に合わせてヴァリエーションが有りますね。
では井戸はなぜ茶碗だけなのでしょう。
陶工としての意見を言えば、井戸茶碗を焼いた陶工も売れるものすべてを焼いたはずです。
当然、茶碗以外も僅かに伝世しているのです。だから正確には井戸焼きの内の茶碗というべきです。
しかし、現存する物ほとんどが茶碗なのです。
井戸茶碗が焼かれた朝鮮半島にさえ、日本ほど残っていません。
それについては韓国の研究家が最近推論していますが、
以織には朝鮮王朝時代の井戸茶碗の位置づけを語る知識がありません。
言えることは、半島で井戸茶碗が何に使れたかはわからなくても、
「茶のための茶碗」として日本に輸入されたものだということです。
だから井戸の約束事は茶碗に付加されました。

まず姿、井戸形と呼ばれる基本的には単純な逆円錐型。もちろん柔らかな曲線を描く逆円錐形です。
茶碗の内側のことを「見込み」と呼びますが、
名碗中の名碗・国宝・喜左衛門井戸の見込みは広く深いです。
外側の形から想像するに違和感があります。
茶人のいう良い形とはシルエットだけではありません。見込みは大切な要素です。
陶工からすると難しい技術を要求されます。
基本的に逆円錐形と書きましたが、それはあまり粘らない素地土のせいだと。
シンプルな形しかないのは腰の弱い土をロクロ引きせねばならなかった風土によるためでしょう。
にも関わらず、見込みが広く深い。すばらしい技能の持ち主がいたのです。
と同時に、一般の高麗茶碗すべてに共通するロクロ技法に関連があると思っています。
それは、なるべくロクロ上で仕上げてしまう。仕上げ削りの手間を出来るだけ省くためです。
井戸の約束事に「ロクロ目」というものがあります。
外側、とくに高台から腰の中程までに、ロクロ引きしたときに出来る同心円、
または渦巻き状の段差があります。
青井戸の約束事として「ロクロ目四段半」というのもあるほどです。
実際はすべてがすべてロクロ目があるわけではありませんが、
なるべくロクロで仕上げてしまうという技法からロクロ目は生まれます。
姿の中には竹節高台という約束もありました。
それは高台の下の部分が、あたかも竹の節のようだというのです。
これも、ロクロ上で出来るだけ仕上げてしまう技法に起因しています。
李朝陶工は茶碗をロクロ引きする最終工程で、つまりロクロから引き離す直前に高台部を絞ります。
そうしてからロクロより切り離して生乾きを待ちます。
気候が良い時だと日陰干しして数時間後には仕上げ削りをしたでしょう。
そうしないと、あのように勢いのある高台姿は生まれません。
高台の内側をえぐったあと、外側の底部を削って、高台が完成します。
いっきに作業するので、腰との境界は明瞭です。
そして、この時、陶工の気分なのか、
はたまた「俺はここまでロクロ引き出来るんだぞ」という誇示のためか、
ロクロ作業最後の絞りを入れた箇所を削り残すのです。
それが竹節高台になる理由です。

井戸の枇杷色とはよく言ったものです。枇杷色という表現は井戸をいっそう魅力的にしています。
けれど実際は枇杷色を呈した碗など数少ないのです。ほとんどはグレーがかった朽ち葉色。
青井戸にいたっては柿渋色やきつい焦げ茶色の碗もあります。
そうなんです。井戸は大きさと色とのふたつの基準で分類されています。
大井戸は枇杷色系と思われがちですが、本当の分類は姿によっています。
文字通り大きく、高台が2センチもあり高いです。色は朽ち葉色系、グレー系が多いです。
昔は大名クラスの所持品にて、大名、大茶人、豪商の持ち物だったそうです。
小井戸と青色は姿でなく色を基準に分けられています。
小井戸は釉溜まりが白いものをいい、
青井戸はボディの青さではなく釉溜まりが白色でないものとして分けられました。
焼物屋的に表現すると小井戸は酸化焼き傾向のもの、青井戸は還元焼き傾向のものと分類できます。
小貫入は井戸風の肌をした文字通り極小の貫入を持つものを指します。
ということは「井戸は枇杷色」という約束事はかなり曖昧な感があります。

井戸の最大の特徴は高台部に現れた釉ガラスの縮れ、所謂「梅花皮」です。
井戸を証明する切り札のように我々現代人は思っているはずです。
なのに伝世する多くの井戸茶碗の梅花皮は概しておとなしいのです。
名碗と呼ばれるものの梅花皮は確かに見事なのですが、おしるし程度のものもあり、困惑します。
ということは、昔の茶人は梅花皮の有無だけで井戸をくくっていないことになります。

では井戸とはなんなのか。
「えもいわれぬ雰囲気」という言葉があります。
色、姿、口縁の厚み、焼き上がりの表情、抱き心地、
そういった五感を刺激するすべてが井戸なのでしょう。
しかし、陶工・以織としては、それでは作業出来ません。取っ掛かりが必要です。
それで以織は思ったのです。
色や形を支えるおおもとの質感からして井戸でなくてはならないのだろうと。
日本の陶器を代表する桃山陶の肌はカリッと焼き上がったものが多いです。
比べて高麗物・李朝物はどこかヌメっとしています。
これは素地土の性質から生まれる差だと。
李朝陶器のヌメっとした焼き上がりは素地土に含まれるカオリン成分が多いからと考えられます。
磁器になりきれない劣等生の肌と言えなくもないですが、優等生だけが愛おしいとも言えません。
出来の悪い子供故に可愛いのです。
官窯の完成品はそれはそれで素晴らしいのだけれど、民窯の日用品にも美は存在します。
「知足」をモットーとする侘び茶人が好んだのも無理からぬ出来映えだったはずです。
そうそう室町時代の日本で施釉陶器が焼かれていたのは、瀬戸と一部の美濃地方においてだけです。
それも鎌倉時代から続く梅瓶や瓶子、仏教器具が主な製品で、
瀬戸焼きにようやく天目茶碗を真似たものが生まれてきたのがこの時代です。
で、そのヌメっとした李朝茶碗の中でも井戸の質感には特徴があったと想像できます。
現物が残っているのに、なぜ想像かと言うと、
誰も五百年前、焼き上げられたばかりの井戸茶碗を見ていない。
時間の絵の具を削ぎ落として見ることが出来ない以上、想像こそ創造への第一歩です。(h26_2_20)

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