高麗茶碗考3

1.当時の状況を理解する

 ハモという魚がいる。鱧と書く。京都などでは名物といえるほど人気の食材なのだが、私には、ちっともそのよさがわからない食べ物の一つであった。ところが、ある話を聞いてから、鱧に対する見方が少し変わった。別に、それをキッカケに大好きになったわけではないが、少なくとも、なぜそれほど京都の人が鱧を尊重するのかということについては、何やら腑に落ちる心持ちになったのである。

 鱧は、とても生命力が強い魚で、水から揚げてもかなり長時間、生きているのだそうだ。このことは、現代にあってはほとんど意味がないことかもしれないが、冷蔵庫もトラックもない時代においてはえらく貴重なことであった。つまり、生きたまま、つまり腐敗しない状態で遠くまで運べるのである。海から遠い京都では、新鮮なまま食べられる、ほぼ唯一ともいえるほど貴重な海魚だったらしい。

 前回書いた「高麗茶碗考」は、これに類した話である。当時の状況を正しく認識すれば、いろいろなナゾが解けるかもしれないということを示したつもりである。ただそれは、創作という行為全体からすれば、ほんの入口にしかすぎない。それを踏まえ、具体的にどうアプローチするかということの方がずっと大事だからである。そうであっても、それは重要なヒントではあろうと思う。そう信じ、いま少しだけ論をすすめてみたい。

高麗茶碗考 仲森智博著

2.たくさん重ねられれば生産性は上がる

 前回は、高麗茶碗の「味わい」を演出する重要な要素として、エラーというものがあり、その土台として「ゆらぎ」や「かろみ」があり、その発生源は量産性の向上という命題であったのでは、という仮説について述べさせていただいた。今回は、発生源を同じうする問題として「器形」について考えていく。

 量産性を上げる方法として実践されたことの一つに、重ね焼きということがある。茶碗を重ねることで、窯に入れる個数を増やすのである。ただ重ねると、茶碗同士が融着してしまう。このため、土団子のようなものを下の茶碗と上の茶碗の間に挿入し、そこから分離できるようにしておく。その土団子の痕跡は目跡と呼ばれ、特に見込みの目跡は高麗茶碗の一つの鑑賞ポイントになっているというのは衆知の通りである。

 この、重ね焼きを成功させるためには、茶碗同士が接することがないよう留意しなければならない。ただし、それを考慮するがあまりに茶碗同士の距離をとりすぎると、結局のところ、重ねられる茶碗の数が減ってしまう。なので、茶碗間の距離は、接する恐れがないほど大きく、かつ多くの茶碗が重ねられるようなるべく小さく、という制約のもとに決められることになる。

 この、距離を決める要素の一つに器形がある。もっとも重ね焼きしやすいのがまっ平らな皿だろう。上の茶碗の見込みの上面から下の茶碗の見込みの上面までの距離をHとすれば、H✕個数nが積み重ねた場合の高さとなり、Hを小さくすればするほど重ねられる個数は多くなる。ここで、Hを便宜上、ピッチと呼ぶ。たとえば、2cmピッチであれば、20cmの高さで10個の茶碗を重ねることができる。ちなみにHは、器の厚みh1(この場合は高台を除く見込み部の厚さ+上に置く茶碗の高台底部までの隙間)+高台の高さh2+土団子の高さh3で表され、茶碗間の隙間Dは、D=(H-h0)sinθとなる。このθは茶碗の外面の角度で、筒茶碗のように垂直である場合を0度とすれば、皿のように水平な場合は90度となる。h0は、該当箇所の厚みである。

 上の数式からいえることは、以下の通りである。すなわち、量産性を上げるにはH(ピッチ)を小さくすればよい。ただし、これを小さくすれば茶碗間の隙間が小さくなり、ヒッツキなどの不良発生率が高まるので、この影響を最小限に抑えなければならない。このためには、θを極力大きくし(水平に近づけ)つつ、h0を極力小さくすればよい。簡単にいえば、薄いまっ平らな皿ならかなりの数を重ねて焼くことができるが、外壁部の角度が立って垂直にづけるほど、高さ方向に余裕をもたなければ十分な距離が確保できなくなるということだ。外壁が垂直に近い筒茶碗などは、同じ器形のものを重ねて焼くという意味での重ね焼きは、そもそもできないことになる。

 こうした視点で考えるとき、いかにも量産性が優れていると思われるのは、刷毛目、粉引などでよくみられる、平茶碗タイプの焼き物である。底部などは肉が薄く、高台も低い。よって重ねた時の間隔は狭くなるわけだが、器形が平らなので、ある程度の間隔を確保することができる。逆にいえば、こうした高麗茶碗によくある平茶碗の器形は、量産性を強く意識したが故にそうなったものであるということだろう。

 一方、重ね焼きという視点からみたとき不利なのが、高麗青磁のいわゆる狂言袴、熊川などの、かなり切り立った線をもつ茶碗である。中に一回り小さい茶碗を入れるなどの工夫はできるとしても、基本的には重ね焼きには不向きな形である。御本茶碗のほとんどもまったく重ね焼きには向かない。つまり、こうした茶碗は、量産に適したものではなく、「庶民の日用雑器」といったものではなかったことが想像されるのである。

spacer

3.高台の高さには理由がある

 ここでは、「重ね焼きを前提としない(=量産性が低い、高価な特殊品)」高麗茶碗についてはまずおき、重ね焼きを前提とした場合に絞り、器形の各要素についての見解をまとめてみたい。

姿:重ね焼きを考慮した場合に理想的な姿は逆三角形ということになり、器としての機能性(大きさと容量の関係)を考えた場合、同じ口径✕高さで一番容量が大きくなるのは円筒形である。どちらを重視するかで形は決まるが、多くの場合はその中間形として、口が開いた椀型となるだろう。

口造り:内にかかえた口造りにすると、重ねた上の茶碗の胴に接しやすくなる。端反にすればこの危険は軽減できるが、極端な端反は、口径を大きくするので量産性を損なう。まっすぐから端反り気味、というところが落としどころになるだろう。

見込み:理想的には、上の茶碗はなるべく小さく(外寸を小さく)、下の茶碗はなるべく大きく(内寸を大きく)ということになる。つまるところは、肉厚を薄くするということである。特に、腰の張りの部分を収納する見込みの広さは重要で、このため、見込みと腰部分の肉厚はなるべく薄くしなければならない。

高台:重ねられる枚数を多くできる平茶碗では、その利点を生かすため、実際のピッチを小さくしなければならない。このためには、茶碗底部の肉厚を落とし、高台の高さを低くする必要がある。逆に、呉器のような縦長の茶碗の場合は、重ね焼きをするためにはピッチを十分に大きくとらなければならない。このためには、高台を高くしなければならない。つまり、一般的傾向として、平たい茶碗ほど高台は低く、縦長の茶碗ほど高台は高くしなければならない、ということになる。ここで一つ考慮しなければならないのが高台径の問題である。茶碗底部が広く平らになっている場合は、あまり高台径に気を使う必要はない。ただし、傾斜をもって凹んだ形状の底部である場合、高台を大きくすると底まで茶碗が入らなくなるため、ピッチが大きくなってしまう。高台を十分に低くしたうえで、さらにピッチを小さくする場合には、高台の径を小さくしなければならない。伝世の高麗茶碗として一般的なものに、やや平型で大ぶりな粉引茶碗、刷毛目茶碗などがあるが、こうした茶碗は茶碗の大きさに比べて高台径が小さい場合が多い。これは、上記のような理由によるのかもしれない。

畳付き:重ね焼きを前提とした茶碗の場合、土団子をつけるため、畳付きにはある程度の幅が必要になる。ただし、同一形状茶碗での重ね焼きをしない熊川茶碗などでは、畳付きの幅が極めて狭いものが多くみられる。これは、焼成時の床との融着を防ぐ意味があるのかもしれない。

目跡:土団子は、上に置かれた多数の茶碗の重量がかかるためか、釉薬に深く食い込んでいる。いわゆる「かざり目跡」との違いはそこだろう。個数に関しては、高台径と高さによって決まってくるはずだ。平斗々屋などは、高台径がある程度あるが、器形はピッチを小さくするのに向いた形状である。これを生かして実際にピッチを小さくするためには、土団子を小さく(低く)しなければならない。ただ、土団子が小さくなれば安定性低下すの懸念が増す。これを数で補う必要が出てくる。これが、斗々屋茶碗が、多数の小さな目跡を持つ「必然性」であろうかと思う。