高麗茶碗考1

1.日本的美意識としての侘び寂び

 今からざっと700年前、官人であり随筆家でもあった吉田兼好は、徒然草の中でこのように書いている。

 「薄布で装飾した書物の表紙は、すぐに痛んでしまうので困る」とある人が言った。著名な歌人である頓阿はそれに「薄絹は上下が擦り切れたところに味があり、螺鈿の軸は飾りの貝がいくつかとれているくらいの方が、深みがあって美しいのだ」と答えた。これは見事な指摘である。(中略)何でも、完全な形のものには味がない。やり残したこと、そのままになっているところがあった方が面白いし、それでこそ愛着が湧くというものだ。

 完璧なフォルム、精巧な装飾、華やかな色彩、そして豪華さ。こうしたものに美を感じる価値観は、世界に共通したものであろう。もちろん、日本にもある。けれども、その正反対ともいえる価値観が日本においては併存しているようだ。「侘び寂び」と呼ばれるものである。その二つが渾然一体となっているところこそが「日本の美」の他にみられない特質であり、深みであり、分かりにくさであろうかと思う。

 この侘び寂びに関して言えば、その出現は室町後期、東山文化が発祥するあたりとされてきた。美の飽食を尽くすことで高度な美意識を育ててきた公家たちが応仁の乱で富を奪われ、資金的な窮乏のなかで編み出した価値観が侘び寂びだったという説である。自身もこのように理解していたのだが、徒然草で描かれるやりとりは、侘び寂びの本質を示すものであり、こうした価値観の成立は、少なくとも鎌倉期にまで遡れることがわかる。それほど昔から抱き続けてきた価値観であれば、もうそれはDNAにまで刷り込まれ、血肉に染み渡ったものと考えてしまってかまわないだろう。

高麗茶碗考 仲森智博著

2.陶磁器に対する日本人の特異な嗜好

 実際、さまざまな時代の芸術や嗜好品において、極めて濃厚に侘び寂びの痕跡を見い出すことができる。例えば、陶磁器。日本人の好みということで、特徴的にいえることは、陶器を愛するということだ。優美な磁器も多数生産されており、それを愛用もしている。だが、それ以上に陶器を愛してやまないのが日本人なのである。

 日本以外の地域では、最も原始的で低級な焼き物が土器(施釉をしない陶器)で、植木鉢やレンガなどの建材といった限定された分野で利用される。その次に、比較的安価で庶民向けのものが陶器、高級食器などは基本的には磁器という序列ができあがっている。ところが日本の場合、そうした「優劣」の価値観はまったくない。土器にも陶器にも磁器にも、消耗品もあれば超高級品もあり、高級料亭などでも、そのすべてが利用されるのである。他の地域との相対比較でいえば、土器や陶器の地位が極めて高いといえる。

 その傾向が顕著に現れるのが、「侘び寂び」という美意識を体現する茶道の世界であろう。例えば茶碗についていえば、「一楽ニ萩三唐津」という言葉があるが、これらはすべて陶器である。そして「高麗茶碗」。もちろん陶器だ。

 日本で陶器が尊ばれる理由の一つが、徒然草にも書かれていた、「使われ、やつれてきたところに美を見出す」という価値観に叶う要素を備えているということである。陶器の茶碗は、使えば茶が染み込み変色していく。ピンホールやヒビの部分にシミが入ったりもする。それを日本人は劣化とはとらえない。使い込まれた茶碗を「よく育っている」と褒め、シミを景色と呼び、それがあることを喜ぶ。

 磁器より陶器の方が素朴で、味わい深いという感覚もある。茶道では、一般的には欠点とされる、製造時にできた歪みやムラ、変色なども鑑賞の対象にする。完璧なフォルムより、不完全で、ちょっとおどけたような姿を好み、均一であるより不均一で、自然さを感じさせるものに愛情を寄せるのである。

 ごく身近な例で言えば、新品よりも、洗い込んだジーンズをよしとする価値観に似ていなくもない。現代では、工業的に洗いたての風合いを出し、ときには作為的にヤブレなどもつくった「高級ジーンズ」が作られている。わざわざ古びた風合いを加えるための処理を施すわけだから、それだけ高価になるはずなのだが、あえてそれを求めようとする人が多くいる。

 こうした美意識は、豊かさの先に存在するものだと言ってもいいだろう。人は経済的に豊かになる初期過程では、いかにも高価なもの、いかにも豪華絢爛なものにまずは目を奪われるらしい。日本ではそれを「成金趣味」と蔑む。しかし、こうしたものに接し、美意識がさらに磨かれてくると、「侘び寂び」を好む境地に至る。そうした人は「趣味がいい」と言われ、一定の敬意を受けるようになるのである。

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3.「巧」を突き詰めた先の「拙」

 侘び寂びは、美醜に加え、ある種の精神性を備えたもの、と言い換えることもできる。精神性とは、とても分かりにくい言葉である。哲学、美学、宗教などの要素を包括した概念だからだ。ただ、あえて言えば、その中心にあるのは禅といえるだろう。茶道のバックボーンもつきつめれば禅であり、侘び寂びという美意識もまた禅に通じるものだといえる。

 ただ、精神性を禅と言い換えたところで、分かりやすくなるものではない。禅というもの自体が、宗教と分類されながらも実態は哲学とも思想ともいえるもので、その中身は矛盾に満ちており、とても言葉でそれを表現できるものではないからだ。

 すべての執着を消し去ることで悟りに近づけと禅は説く。けれど、執着を消し去ろうとすること自体が執着だとも言う。ただ座れ(座禅をしろ)という。その一方で、座って悟りが開けるのであれば、蛙はみな仏(悟った人)になっている、とも揶揄するのである。

 あえて詭弁を弄するならば、無限大はゼロに最も遠いはずなのに、実はゼロに最も近い、ということなのかもしれない。禅では、大賢は大愚に似ているという。それを美意識というものに当てはめてみれば、このようなことが言えるかもしれない。最大級の装飾は無装飾であり、巧を突き詰めれば拙に至る。こうした、巧拙という呪縛から解き放たれた自由な精神に強くアピールするものこそが、本物の美というものなのであると。

 こうした価値観は、ある時代のある時期に限って成立していたものではない。だから、何百年も前に「これぞ極上」と評価された茶碗は、時間軸を超えて今でも極上のものとされる。そう決まっているからではなく、「これこそが無上のものである」と数百年も前の人は思い、現代人も「心底そうだ」と思う。それはたとえば、喜左衛門井戸であり、長次郎の茶碗である。だがそれらは、一般的にいう「美しいもの」「洗練されたもの」とはいえず、むしろその対極にある存在だ。

 茶道の世界には、こうした美意識が濃く漂っている。だが、茶道だけに閉ざされたものではない。例えば、「現代の数寄者」として没後も絶大な支持を集める白洲正子が生前に愛用した酒器の一つに粉引の徳利がある。それが売りに出されれば、数千万円の値段がつくといわれた逸品である。だがそれは、茶道で珍重される粉引の茶碗と同じく、長年の使用によるシミが全体に現れたもので、豪華さもなければ端正さもない。綺麗ともいえない。それでも、無類の味わいを感じさせるものである。もし、この徳利をもう少し「綺麗にしよう」と、漂白剤にても漬けたなら、長年の使用によってできた雨漏り様のシミは、すっかりとれて、焼きあがったときのような、真っ白な肌が蘇るかもしれない。けれどもそうなってしまえば、味わいは失せ、その価格は10分の1以下になってしまうはずだ。

 もちろん、「汚れ」ともとれるシミが価値のすべてというわけではない。端整でなくても少しとぼけたような、柔らかく暖かな形状、粗野ともとれそうな作りなど、すべての上に「長年、正しく使われてきたことによって現れる経時変化」があって、作品の総合的な価値が高められるのである。それらの要素をバラバラにしたとき、「どうなっているのがよい」といった正解はない。色、かたち、表情など、さまざまな要素が響き合い、調和して味わいを醸しだすのである。

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4.「見立て」ということ

 それは、古くは偶然の産物であった。茶道に「見立て」という言葉がある。本来、お茶道具として作られたものではないものを茶道具として「見立てて」使うという意味である。利休が賞賛し盛んに用いた高麗茶碗(15~16世紀に朝鮮半島で製作された茶碗)も、そもそもはお茶道具ではない。おそらくは、飯や汁を入れた食器だったのであろう。日本の陶器もある。有名なのは、農家で種の貯蔵用に使われていた備前焼などの壷に蓋をつけ、水指に用いた例であろうか。

 ここで注意しなければならないのは、種壷なら何でもよいというわけではない、ということだ。

 備前焼は、極めて原始的な土器である。粘土で成形し、それを窯に詰めて焼く。その際、火の当たり具合によって赤く、黒く、あるいは青く焼きあがる。一つの器のある部分は赤く、ある部分は青く焼きあがることもある。さらに、燃料の薪が燃え、その灰が器の表面に付着し、自然釉となる。器を窯に詰める際、床や隣接する器などとの融着を防ぐ目的で使った藁が、赤い線状の文様となって器表面に現れることもある。

 こうして、備前焼の器には、表面に多様な文様が現れることになる。もちろんそれは、製造上の理由でできたもので、機能とは一切関係ない。つまり、意図せぬものであり、当然のごとく、それは一つ一つまったく違う。それらの中には、偶然にも茶道具の水指に適した大きさと形になっており、それが偶然にも美しく発色し、さらに偶然にも面白い文様が現れたものが、極めて低い確率で生まれる。それを注意深く選び出して取り上げ、茶道具として使うのである。

 桃山期のおよそ利休の時代までに取り上げられた高麗茶碗は、この見立てである。本来、高麗茶碗に意図された美はなく、それを作った陶工が侘び寂びの美意識を持っていたなどということはありようもない。それは、自然界に無数にある石ころの中から選び出された景石、名石のような存在と考えればいいだろう。美は自然に発露したもので、それを日本の茶人が発見したのである。

 こうした観点からいえば、当時の陶工から何かを学ぶより前に、まずは日本の特異な美意識、そのなかでも異彩をはなつ「侘び寂び」ということについて深く洞察しなければならない。高麗茶碗を理解するということは、侘び寂びを理解するということなのである。けれども、実際に侘び寂びを理解しようとすれば、そのための教科書が必要になる。それを探す過程で私たちは、実は極めて優れた教科書の一つがが高麗茶碗であるという堂々巡りに似た状況のなかに立たされていることを知るだろう。

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5.選ばれたということの意味

 繰り返しになるが、ここでいう高麗茶碗とは、星の数ほどある茶碗のなかから「選ばれたもの」である。そこには選ばれた理由があるわけだが、それは一つではない。けれどもおそらく、理由をいくつ並べてみても、その茶碗の総体を説明し尽くすことはできない。「茶のシミがあれば必ず選ばれる」「カイラギがあれば合格」といった単純明快な答えなどありはしないのである。

 だから、理解し難い。そうだと知りつつも、高麗茶碗の美を再現したいと望むものは、多くの「選ばれし茶碗」を総覧し、そこに潜む何かを会得しなければならない。そのヒントは、「ある時期、ある産地で作成された陶器が、相対的には極めて高い確率で、お茶にかなったものとして選び取られている」という事実であろうか。例えばそれは「15世紀から16世紀にかけて朝鮮半島で焼かれた陶器」である。結局のところ、その当時の陶工が、どのような意識(美意識ではない意識)で陶器を作成したか、その意識がどういうかたちで陶器に反映されていったかということに関して、想像を膨らませていく作業が欠かせないのである。